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クラブ情報


【法人名】 株式会社 京都パープルサンガ
(英文標記:KYOTO PURPLE SANGA CO.,LTD.)
【所在地】
[本社] 〒600−8009 京都府京都市下京区四条通室町東入凾谷鉾町87番地ケイアイ興産京都ビル
[クラブハウス/練習場]  京都サンガF.C.東城陽グラウンド(サンガタウンサッカー場)
〒610−0102 京都府城陽市久世上大谷89-1
[スタジアム] 京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場
〒615‐0864 京都府京都市右京区西京極新明町32
【設立年月日】 1994(平成6)年1月13日
【資本金】 36億500万円
【ホームタウン】 京都市、宇治市、城陽市、向日市、長岡京市、京田辺市、木津川市、亀岡市
【活動区域】 京都府全域
【事業内容】
  • サッカー等スポーツ競技の開催及びチーム運営業務
  • サッカー等スポーツ競技の技術指導及び選手の養成業務
  • サッカーチームに関する各種オリジナルグッズの製造・販売及び貸出業務
  • サッカー等スポーツ競技に関する映像製作・販売及び貸出業務
  • 音楽・演劇・映画・スポーツ等各種催し物の企画運営業務
  • スポーツ活動に関する調査・研究及び出版業務
  • サッカー競技等スポーツ施設の維持・管理業務
  • 広告宣伝に関する業務
  • 旅行業法に基づく旅行業務
  • 損害保険代理業
  • その他目的達成の為に必要な一切の業務
【役 員】
名誉会長 稲盛 和夫 (京セラ株式会社 名誉会長)
代表取締役会長 久芳 徹夫 (京セラ株式会社 代表取締役会長)
代表取締役社長 今井 浩志
取締役 西村 尚 (当社総務部長)
取締役 細川 浩三 (当社強化部 ディレクター)
取締役 中村 邦彦 (当社事業部長)
取締役 塚本 能交 (株式会社ワコールホールディングス 代表取締役社長)
取締役 千  玄室 (大宗匠)
取締役 柏原 康夫 (株式会社京都銀行 代表取締役会長)
取締役 伊藤 雅章 (京セラ株式会社執行役員 総務統轄本部 副本部長)
取締役 岩田 聡 (任天堂株式会社 取締役社長)
取締役 白石 方一 (株式会社京都新聞社 取締役会長兼社長)
常勤監査役 西枝 攻 (弁護士)
監査役 青木 昭一 (京セラ株式会社 取締役執行役員常務 経理財務 本部長)
監査役 丹羽 宏彰 (京セラ株式会社 経理部長)
顧問 山田 啓二 (京都府知事)
顧問 門川 大作 (京都市長)
【出資会社】
京セラ株式会社 株式会社京都新聞社 財団法人今日庵センター
任天堂株式会社 竹中エンジニアリング株式会社 京都青果合同株式会社
株式会社ワコール 月桂冠株式会社 ダイニック株式会社
オムロン株式会社 アサヒビール株式会社 株式会社淡交社
株式会社イセトー 京都府知事 株式会社イシダ
村田機械株式会社 京都市役所 株式会社堀場製作所
日本写真印刷株式会社 ローム株式会社 株式会社京都放送
株式会社ルシアン ニチコン株式会社 市民持株会
株式会社京都銀行 エムケイ株式会社 株式会社藤清
宝ホールディングス株式会社 日本電産株式会社
チーム名
KYOTO SANGA F.C.

1993年、一般公募によって名づけられたチーム名「京都パープルサンガ」。これは、前身の京都紫光クラブ時代からのチームカラー『PURPLE(パープル)』に、仲間を意味するサンスクリット語「サンガ」と、山紫水明の京都をイメージさせる「山河」の響きを掛け合わせた『SANGA』を組み合わせたもの。
2007シーズン、更なる進化を求め、京都の仲間『京都サンガ』は、「ootball」を通し「un」「amily」と共に、「uture」を目指すLUB(クラブ)へとなる。という思い込め「京都サンガF.C.(KYOTO SANGA F.C.)」へと名称を変更。

エンブレム
KYOTO SANGA F.C.

鏃(やじり)のような鋭さは、俊敏な攻撃力。盾型のフォルムは、強固な守備力の象徴。 風雲を巻き起こす絶対的な強さを表現、鳳と凰の2羽は向かい合うことで戦う姿勢を表しています。燃えたぎる赤は、情熱的な闘志と絶対に諦めない不死鳥のごとき熱い魂を表現しています。鳳凰が向かうのは天。 翼を大きく広げ最上を目指す。また紫郊(紫光)クラブ以来の伝統と歴史を表わすため、1930年代に使用されたサッカーボールを配しました。

チームマスコット
チームマスコット

エンブレムと同じく、聖人が世に出るときに現れる鳥「鳳凰」と、永遠不滅の象徴である「不死鳥」がモチーフ。燃える情熱とアグレッシブな行動力を示す赤い炎を身にまとった姿は、サポーターと共に一丸となって勝ち進む、チームイメージの象徴となっています。チーム名である「パープルサンガ」の頭文字をとってパーサくん(左)と名つけられました。またお友達のコトノちゃん(右)も一般公募の中から古都京都の地名に似合った名前をつけてもらいました。

沿革
シーズン 監督 出来事
1922 ・京都師範(現京都教育大学)のOBチームとして、「紫郊クラブ」が発足
1954 ・「紫光クラブ」に名称を変更。以後、教員が中心となって活動を続ける
1956 ○第36回天皇杯(決勝大会)出場
1957 ○第37回天皇杯(決勝大会)出場
1958 ○第38回天皇杯(決勝大会)出場
1959 ○第39回天皇杯(決勝大会)出場
1960 ○第40回天皇杯(決勝大会)出場
1962 ○第42回天皇杯(決勝大会)出場
1972 嶋谷征四郎 ・日本サッカーリーグ(以下、JSL)2部新設にともない、初年度より参加

○第1回JSL2部 5位(7勝3分8敗)
○日本サッカーリーグ(以下、JSL)2部新設にともない参加
1973 嶋谷征四郎 ○第2回JSL2部 7位(5勝4敗9分)
○第53回天皇杯(決勝大会)出場
1974 嶋谷征四郎 ○第3回JSL2部 3位(9勝4分5敗)
1975 米沢研二 ○第4回JSL2部 6位(5勝5分8敗)
1976 米沢研二 ○第5回JSL2部 9位(3勝5分10敗)
○第56回天皇杯(決勝大会)出場
1977 板谷輝夫 ○第6回JSL2部 6位(5勝4PK勝3PK敗6敗)
1978 嶋谷征四郎 ○第7回JSL2部 10位(1勝1PK勝2PK敗14敗)
○ヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)に入替戦で敗れ、関西リーグに降格
1988 木村文治 ○全国社会人選手権大会初優勝
1989 木村文治 ・日本サッカーリーグ2部に復帰

○第18回JSL2部 4位(17勝9分4敗)
○第69回天皇杯(決勝大会)出場
1990 木村文治 ○第19回JSL2部 13位(8勝7分15敗)
1991 来栖孝治 ○第20回JSL2部 14位(5勝7分18敗)
○第71回天皇杯(決勝大会)出場
1992 来栖孝治 ○第1回ジャパンフットボールリーグ(以下、旧JFL)2部 2位(11勝4分3敗)
○第72回天皇杯(決勝大会)出場
1993 高間武 ・チーム名を「教育研究社FC 京都パープルサンガ」に変更
※日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が開幕。その影響を受け、京都でも「京都にJリーグを市民の会」が発足し、約25万人の署名を集める

○第2回旧JFL1部 10位(2勝16敗)
1994 嶋谷征四郎

与那城ジョージ
(代行)
・京セラ株式会社らを中心とした運営会社「株式会社京セラパープルサンガ」を設立(1月)
・「株式会社京都パープルサンガ」に名称変更(6月)
・Jリーグ準会員に承認される(8月)

○第3回旧JFL 5位(20勝10敗)
○第74回天皇杯(決勝大会)ベスト8

※この年の主な加入選手/野口裕司
1995 オスカー
(ブラジル)
・ホームスタジアムとなる京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場が改修(3月)

○第4回旧JFL 2位(23勝7敗)→Jリーグ昇格
○第75回天皇杯(決勝大会)出場

※この年の主な加入選手/森下申一、望月聡
1996 オスカー

与那城ジョージ
(代行)
○Jリーグ 16位(8勝22敗)
○第76回天皇杯(決勝大会)ベスト8

※この年の主な加入選手/ラモス瑠偉、藤吉信次
1997 ペドロ・ローシャ
(ウルグアイ)
・ユースチームから初めて平井直人がトップチームに昇格

○Jリーグ 1stステージ 10位(6勝10敗)/2ndステージ 16位(3勝13敗)
○第77回天皇杯(決勝大会)4回戦敗退

※この年の主な加入選手/武田修宏、松永成立
1998 ハンス・オフト
(オランダ)

清水秀彦
・チーム練習場を滋賀県八日市市から京都府城陽市に移転(1月)

○Jリーグ 1stステージ 15位(6勝11敗)/2ndステージ 11位(9勝8敗)/年間総合 13位
○第78回天皇杯(決勝大会)3回戦敗退

※この年の主な加入選手/森保一、黒崎比差支、大嶽直人、山田隆裕、岩本輝雄、シーラス(ブラジル)
1999 清水秀彦

木村文治(代行)

加茂周
○J1 1stステージ 14位(4勝11敗)/2ndステージ 9位(7勝8敗)/年間総合12位
○第79回天皇杯(決勝大会)4回戦敗退

※この年の主な加入選手/三浦文丈、三浦知良、シジクレイ(ブラジル)、手島和希、遠藤保仁
2000 加茂周

ゲルト・エンゲルス
(ドイツ)
○J1 1stステージ 16位(2勝1分12敗)/2ndステージ 12位(6勝1分8敗)/年間総合15位→J2降格
○ナビスコカップ ベスト4(3位)
○第80回天皇杯(決勝大会) 3回戦(初戦)敗退

※この年の主な加入選手/中村忠、松川友明、黒部光昭、朴智星(韓国)、松井大輔
2001 ゲルト・エンゲルス ○J2 優勝(28勝5分11敗)→J1復帰
○第81回天皇杯(決勝大会) 4回戦敗退

※この年の主な加入選手/上野優作、石丸清隆、安孝錬
2002 ゲルト・エンゲルス ○J1 1stステージ 6位(9勝1分5敗)/2ndステージ 7位(8勝7敗)/年間総合5位
○第82回天皇杯(決勝大会) 優勝

※この年の主な加入選手/鈴木慎吾、中払大介、角田誠
2003 ゲルト・エンゲルス

木村文治

ピム・ファーベーク
(オランダ)

木村文治
○J1 1stステージ 16位(3勝1分11敗)/2ndステージ 14位(3勝4分8敗)/年間総合16位→J2降格
○第83回天皇杯(決勝大会)3回戦(初戦)敗退

※この年の主な加入選手/高宗秀(韓国)、大野敏隆、林裕煥(韓国)
2004 西村昭宏

柱谷幸一
○J2 5位(19勝12分13敗)
○第84回天皇杯(決勝大会)4回戦敗退

※この年の主な加入選手/崔龍洙(韓国)、金徒均(韓国)、萩村滋則、原竜太
2005 柱谷幸一 ○J2 優勝(30勝7分7敗)→J1復帰
○第85回天皇杯(決勝大会)4回戦敗退

※この年の主な加入選手/パウリーニョ(ブラジル)、アレモン(ブラジル)、星大輔、加藤大志、石井俊也
2006 柱谷幸一

美濃部直彦
○J1 18位(4勝10分20敗)→J2降格
○ナビスコカップ(1勝5敗)→グループリーグ敗退
○第86回天皇杯(決勝大会)4回戦敗退

※この年の主な加入選手/児玉新、アンドレ(ブラジル)、林丈統
2007 美濃部直彦

加藤久
○J2 3位(24勝14分10敗)→入れ替え戦(対広島)に勝利し、J1復帰
○第87回天皇杯(決勝大会)3回戦敗退

※この年の主な加入選手/秋田豊、チアゴ(ブラジル)、森岡隆三、徳重隆明、倉貫一毅、西野泰正、平島崇、角田誠、中谷勇介、安藤淳、隅田航、姜鉉守、三戸雄志
2008 加藤久 ○J1 14位(11勝8分15敗)
○第88回天皇杯(決勝大会)4回戦敗退

※この年の主な加入選手/柳沢敦、佐藤勇人、シジクレイ(ブラジル)、増嶋竜也、水谷雄一、水本裕貴
2009 加藤久 ○J1 12位(11勝8分15敗)
○第89回天皇杯(決勝大会)3回戦敗退

※この年の主な加入選手/ディエゴ(ブラジル)、李正秀(韓国)、豊田陽平
J1通算350得点メモリアル達成【7月4日 Jリーグ第16節 vs.清水 △3-3 @アウスタ】J1通算100勝メモリアル達成【11月28日 Jリーグ第33節 vs.浦和 ○1-0 @西京極】
2010 加藤久

秋田豊
○J1 17位(4勝7分23敗)→J2降格
○ナビスコカップ(3勝2分1敗)→グループリーグ敗退
○第90回天皇杯(決勝大会)3回戦敗退

※この年の主な加入選手/郭泰輝(韓国)、鈴木慎吾、ドゥトラ(ブラジル)、チエゴ(ブラジル)、片岡洋介
2011 大木武 ○J2 7位(17勝7分14敗)
○第91回天皇杯(決勝大会)準優勝

※この年の主な加入選手/秋本倫孝、工藤浩平、酒井隆介、内藤洋平、チョンウヨン、駒井善成、伊藤優汰ほか
2012 大木武 ○J2 3位(23勝5分14敗)
○第92回天皇杯(決勝大会)3回戦敗退

※この年の主な加入選手/バヤリッツァ、黄大城、松尾元太、倉貫一毅、サヌ、原一樹、長沢駿、久保裕也、原川力、三根和起、杉本大地、高橋祐治、國領一平
2012応援感謝ページ
2013 大木武 ○J2 3位(20勝10分12敗)
○第93回天皇杯(決勝大会)3回戦敗退

※この年の主な加入選手/山瀬功治、三平和司、中村祐哉、オスンフン、横谷繁、姜成浩、田森大己、齊藤隆成、山田元気
2013応援感謝ページ
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